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石川啄木像
  憮然たる表情の啄木

画像:啄木
石川啄木像 1972年 ブロンズ


画像:啄木と港文館

画像:道東の四季―冬―
幣舞橋にある「道東の四季 冬」

 石川啄木の立像は、本郷新が1958(昭和33)年函館大森浜の啄木小公園に坐像として制作した作品に続き、14年後の1972(昭和47)年に作られました。

 この像は、1908(明治41)年1月21日から4月5日までの76日間、釧路新聞(後の北海道新聞)の記者として釧路に滞在した啄木を記念して設置されました。函館、札幌、小樽と北海道を転々と移り住んだ後、釧路駅にたどり着いた啄木は、当時23歳でした。腕を組み、少年の面影が残る凛とした姿の啄木は、顔を右に傾け遠くを見ている形です。本郷は、啄木の視線の先に何を想定したのでしょうか。

 本郷は1964、5年頃「啄木に寄せて」と題した文章を書いています。前半は、函館の啄木像を制作した経緯や詩人啄木への共感が書かれています。最後に、機会があれば立像を作りたいと、啄木像の立像制作に並々ならぬ意欲とも決意とも取れる言葉を残していました。
 「立像で、例のとがった肩をいからし、腕を組んで遠くを見ている姿。マントを着ているが、マントの一方をそでにかけ、裏にかえって肩にかかり、何か憮然たる表情をしている姿、こうゆう啄木の立像をいつか作ってみようと考えている。私の中の啄木は、こうゆう像をつくらないと、おしまいにならないのである」。依頼を受ける前に本郷の頭の中には、立像の啄木像は完成していたのでしょう。その後、書かれたとおりの啄木の立像を制作しました。それが、釧路の啄木像です。

 函館と釧路の啄木像を本郷は、長い年月をかけて構想していたのでしょう。本郷の彫刻制作の熱い思いは、周囲の理解を得て野外彫刻として実現したのです。野外彫刻に生涯をかけた本郷に相応しいエピソードといえます。
 碑文には、

さいはての 駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみ入りにき

という、啄木の詩が刻まれています。

 1972年当時は、釧路駅があった幸町公園に設置されましたが、1991(平成3)年5月、旧釧路新聞社屋が旧釧路川沿いに港文館として復元された時に碑文とともに啄木像は移設されました。港文館のすぐ近くに幣舞橋があり、本郷の「道東の四季―冬―」も見ることができます。

(2005年9月1日札幌彫刻美術館 学芸員 井上みどり)



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