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重子像 |
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1930年、本郷新は25歳のとき友人の妹、俣野温子と結婚しました。前年には、母のスミス女学校の同期生である河合道子が創立したキリスト教主義による東京恵泉女学校に絵画教師として職を得ています。 重子をモデルにした作品は、油彩、素描、ペンダントヘッドがあります。これらの作品は、二人の睦まじい関係を伝えています。
1980年2月13日に亡くなった本郷を看取ったのは重子でした。その後、重子は、1993年9月9日88歳で亡くなりました。葬儀に飾られていた遺影は、本郷が描いた「新聞を見る重子夫人」でした。 |
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重子は、1952年5月発行の月刊「栄養と料理」に「私の料理」という記事を書いています。
冒頭「昨年の夏、ある婦人雑誌に外来料理を書いてから、何時の間にか料理専門家にされて、戸惑う事があります。」と書かれ、「鰊の薫製酢漬」「豚のにんにく焼き」「レバーのバタ焼」などその当時としては珍しい西洋料理を紹介しています。重子の西洋風な雰囲気を伝えています。 本郷家からご寄贈いただいた資料の中に、雑誌に掲載された写真がありましたのでご紹介します。一緒に写っているのは、本郷と彫刻家の佐藤忠良です。 (2007年1月1日・札幌彫刻美術館 学芸員 井上みどり) |