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「老人」と「古老」
   二つの彫刻の間にある劇的な変化

画像:老人
「老人」 1943年 ブロンズ

画像:古老 「古老」 1942年 ブロンズ

  札幌大通公園の「泉の像」など、健康的な女性像や青年像「わだつみのこえ」を制作した本郷新は、戦争中の一時期写実に徹した老人像を制作しています。
 1937年につくった「老人の首」の全身像を、1942年に「古老」というタイトルで制作しました。そして、戦争が激化し、生活物資も不足がちとなった。1943年「老人」を制作しています。モデルとなったのは、近所で農作業や船頭をしている老人でした。それまで女性をモデルとして制作していましたが、戦争中女性モデルを使っての制作が困難となり、その時閃いたのが近所にいる老人をモデルにすることでした。1923年に学校を卒業し、彫刻家として、15年以上の実績を積んだ本郷38歳の時です。
 労働で鍛えた体、加齢によって筋肉が落ち、背中が丸くなったモデルの老人は、これまで裸婦や青年像を作るのとは違った表現や技術を必要としました。複雑な人体の特徴を捉えるには、最適な対象といえます。徹底的な観察をもとに完成した作品は、モデル個人を超えた普遍的な人間性に溢れた作品になりました。
 本郷は、この老人をモデルにした理由を、
「ペロッとした裸より皺くちゃでしょう。そして骨あり、脂肪あり皮膚のたるみありで写生の技術の勉強には一番いいわけなんですよ。いいモデルを得たと思って一生懸命になったんです」
 この時代の写実の徹底的な追求が、その後の彫刻制作には欠かせない本郷の技術的な基礎となりました。本郷は、野外彫刻など大きな作品を制作する上で重要な破綻のない造形性やバランス、調和を身につけました。
 その一方で、戦後「うまくなくちゃいけない」という気持ちになったと本郷はのちに語っています。対象を忠実に模写するだけでなく、個性や独創性、普遍性を求めるには写実的な技術がかえって邪魔になったのでしょうか。
 「老人」は、本郷の修業時代を物語る作品の一つといえます。

(2004年12月1日 札幌彫刻美術館 学芸員 井上みどり)


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