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開拓者慰霊碑「石狩−無辜の民(むこのたみ)」 抑圧された人間の典型を刻む |
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当館では開館以来、石狩浜を訪れ、この像に献花する行事を続けてきました。近年は、6月29日の開館記念日前後に訪れています。あたり一面にハマナスが咲く季節です。 |
開拓者慰霊碑「石狩―無辜の民」は、1981年6月30日札幌彫刻美術館が開館した翌日、本郷新がこよなく愛した石狩浜に設置、除幕した作品である。 「無辜の民」とは、1970年アラブ、中東、インドシナの人々が戦争や紛争の中、悲惨な状態におかれた状況に触発されて15点連作した作品である。これらの作品は、単なる風俗の描写ではなく、抑圧された人間の典型を彫刻にすることで、世界平和を希求した作品であり、戦没学生記念碑「わだつみのこえ」に通じる本郷の社会性を感じる作品でもある。 「無辜の民」シリーズ15点は小品であったが、その中で「虜われた人 I 」を高さ2メートルに拡大して、「石狩」と題して石狩浜に設置することを希望し、石狩町(当時)に北海道を通じて寄贈を申し入れた。一時、設置が頓挫したが、地元住民の募金活動によって設置が実現した。 設置場所を石狩浜にしたのは、本郷の思い入れが強かったからである。1965年小樽市春香山にアトリエを構えたのも、石狩浜を一望できるからである。それほどこだわった石狩浜は、本郷にとってどんな意味があったのだろうか。人の手の入らない荒涼感と、果てしなくひろがる空間を兼ね備えた石狩浜は、いかにも北海道らしい。本郷にとって石狩浜は、少年時代を過ごした明治時代の風景が残り、孤独を満喫しながら思索に耽るためには絶好の空間であったのだろう。時間があれば石狩浜を訪れていた。出会う人がほとんどいない、海と砂浜が続く厳しい自然の中に身を置くことで、自然と対話しながら創造力を培っていたのだろうか。 石狩浜は、開拓のために本州から船で入植した、北海道の明治期の歴史がここから始まったゆかりの地でもある。船で渡ってきた開拓民の過酷な歴史を作品に託すため、「石狩」像の台座は船の形をしている。 前年に亡くなった本郷は除幕式には出席できなかったが、本郷の遺志により台座の中に分骨が納められた。 (2004年7月30日 札幌彫刻美術館 学芸員 井上みどり) |
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