十字架のキリスト

最晩年、体調を崩し入退院を繰返した本郷に、体力を必要とする彫刻制作は不可能でした。しかし、旺盛な創作意欲にかられた本郷は新たなテーマに取組みました。それがキリスト像でした。

最初は一般的な磔刑図でしたが、その後キリストの胴体部分を分断させました。十字架に貫かれ分断された身体という独自の造形は、十字架とキリストを一体のものとして表現しています。様々なアイディアを描いた何枚にも及ぶ素描には、原罪を背負って十字架にかけられたキリストをテーマに、独創的な彫刻を制作しようと試みた過程が示されています。 本郷は、回復後に彫刻にすることを願いながらキリスト像を何枚も描きました。周囲の家族やお見舞いに来た友人に「新しい発想だ」、「回復したら粘土でつくりたい」と語っていました。 次男の淳氏が、「父は彫刻家こそ人類至高の職業だと思っていた人です」と語っているように、最期の一瞬まで創作意欲を持ち続け彫刻家として生き抜きました。

2月13日、本郷はキリスト像を彫刻にする体力が戻らぬまま10数枚のデッサンを遺し74年の生涯を閉じました。